アリサ・フランクリンとのデュエット中スタジオに走った微妙な雰囲気

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ホイットニー・ヒューストンと「クイーン・オブ・ソウル」アリサ・フランクリンの間には複雑な関係がある。ホイットニーの母、シシー・ヒューストンがアリサのバックシンガーを務めていた関係から、家族ぐるみの付き合いがあり、アリサはホイットニーを幼少の頃から知っている。ファンの多くはホイットニーのゴッド・マザーがアリサ、と理解しているが、それは正しくない。ホイットニーの本当のゴッド・マザーはシンガーのダーレン・ラブである。

元々アリサは縄張り意識の非常に強いタイプ。ポップにクロスオーバーすることで大成功したホイットニーのキャリアがベテランの彼女のキャリアを大きく上回り始めたことに対して、アリサが気に食わないのも頷ける。以降アリサはホイットニーに対し、好意的とは言えない発言を数回残している。

VH1で最初に開催された1998年「Divas Live 」はアリサ・フランクリンと彼女が影響を与えたシンガー達を中心にしたラインアップだったが、そこにはホイットニーの名前がなかった。これはアリサの意思によるものだと言われている。

一方ホイットニーは、デビュー当時からアリサの偉大な影響を称え、「(母親にならび)最も大きな影響を受けたシンガーの一人」と折に触れ話している。

ホイットニーとアリサは1988年にアップテンポのデュエット、「It Isn’t It Wasn’t It Ain’t Gonna Be 」を吹き込んでいる。その様子はどうだったか、プロデューサーのナラダ・マイケル・ウォルデンが彼の著書で明かしている。

この曲のボーカル入れはアリサの出身地、ミシガン州のデトロイトにあるユナイテッド・サウンド・スタジオで行われた。

It Isn’t It Wasn’t It Ain’t Gonna Beのレコーディングにて。ナラダ、アリサ、そしてホイットニー。

スタジオで待機するナラダとホイットニーがリラックスしていると、シガレットケースを手に持ち、毛皮を着込んだアリサが到着する。

ナラダが「ハイ、クイーン!」と興奮して出迎えると、アリサはそれには答えず、ナラダの眼を真っ直ぐ覗き込み、こう尋ねる。

「彼女はどこ?」
「ホイットニーのことかい?彼女ならそこにいるよ」

アリサは視線をゆっくりとナラダからホイットニーへと移す。

「あんたが『ミス・ヒューストン』なのね」
「アンティ・リー!(リー叔母さん。親しみを込めた呼び名)」
と子供のように答えるホイットニー。

アリサは頷きながら、敵対心が燻っている視線をホイットニーに向けた。アリサの態度には明らかに「あんたは私の縄張りを荒らしているようね。気に入らないわ」というメッセージが込められていた。

その態度にホイットニーも気づいた。「アリサ、いったいどうしちゃったの?」とでも言いたげに、ナラダに一瞥を送る。

このデュエットはアリスタ・レーベルのクライブ・デイビスによる提案である。曲の内容は一人の男性をホイットニーとアリサが取り合う、という身の毛もよだつ内容だ。ホイットニーがこのアイデアに乗ったのは純粋にアリサに対する敬意によるものだった。

テープが回され、スタジオ内の二人は交代に歌い、数テイクが録音された。曲の後半でアリサが聞かせたジャズ風のアドリブの後、ホイットニーが他には立ち打ち出来ないほど見事なアドリブを聞かせ、その場にいた全員をノックアウトしてしまう。

だがホイットニーはアリサによる冷たい態度に居心地の悪さを感じたのだろう、自分のパートのレコーディングが終了すると、ナラダとアリサに短く挨拶をして直ぐにスタジオを出てしまう。

ホイットニーがスタジオを離れた途端、アリサはナラダに向かってこう言った。

「あの子の最後のアドリブをプレイバックして。そしてそのすぐ後に私のアドリブを挿入して頂戴」

ブース内に戻り、見事なアドリブを聞かせるアリサ。だが、今度はアリサ本人が納得しない。

「もう1回プレイして頂戴」

アリサはこの短い箇所を完璧なものにするために、8回も録音をくり返したのだ。アリサは普段、こういう仕事の仕方をしない。だが「クイーン」のタイトルとその競争心の強さは半端ではない。アリサの辞書に「負ける」という言葉は存在しないのだ。

レコーディングが終了すると、アリサはもう一度、普段はしないことをした。スタジオに残ったナラダが曲に手を入れていると、アリサから電話が入った。

「私、彼女(ホイットニー)に対して厳しすぎたかしら?」
「そうだね」
「彼女に電話した方がいいと思う?」
「そう思うな」

流石のアリサにも悪いことをした、という思いがあった。実際にその後、アリサはホイットニーに電話を掛けている。(ロビン・クロフォード談)

この時期、彼女の音楽性に対するブラック・コミュニティからの批判が高まり始め、ホイットニーは世の中の誤解や批判に対してフラストレーションを溜めていた。それに加えて、このアリサとのやり取りの中で、ホイットニーは自分自身のアイドルからも拒絶されたと感じたことだろう。

アリサは自伝の中で、このデュエットについてこう語っている。

『私とホイットニーの声では成熟度に違いがありすぎるのよ。あまり感謝されなかった、とホイットニーは感じているみたいだけれど、私はホイットニーに感謝しているわ。いいレコードになったしね』

出典・参考記事:

”Whitney Houston: The Voice, The music, The Inspiration” by Narada Michael Walden
“A Song For You: My life with Whitney Houston” by Robyn Crawford

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