「アイ・ルック・トゥ・ユー」チャート初登場1位の復帰作とその背景
I Look To You | Whitney Houston (2009)
1. Million Dollar Bill – 2. Nothin’ But Love – 3. Call You Tonight – 4. I Look To You – 5. Like Never Left(featuring Akon) – 6. A Song For You – 7. I Didn’t Know My Own Strength – 8. Worth It – 9. For The Lovers – 10. I Got You – 11. Salute
全世界の販売枚数：250万枚
全米の販売枚数(RIAA)：100万枚
米ビルボード200最高位：1位
米ビルボード200にチャート・インした週数：39
自己最大出荷数・
チャート初登場１位の復帰作
2009年8月31日、毅然とした表情を浮かべたホイットニーのカバー写真が印象的な、オリジナル・アルバム7作目「アイ・ルック・トゥ・ユー（ I Look To You)」がリリースされる。
遡って話をすると、当時ファンはこのアルバムに対する期待があまりに高まってしまい、ネット上で今回はバラード中心らしい、アップビートのトラックはティンバランドが関わっているらしい、もっとストリートを意識した方向の方がいいんじゃないか、などと皆、曲を聴きもしないうちから喧嘩に近い議論、しまいにはニセモノの曲名リストや、「内部者に聞いた情報」とやらがまことしやかに出回る始末。
少しづつ入ってくるニュースにファンはいちいち興奮。ファンにとっては冬が終わって、春が来たようなキボウに満ちた時期だった。それくらいファンは彼女の復活を待ち焦がれていたので。
そんな中、エイコンとのデュエット、「Like Never Left」が2007年にネット上にリーク。ファンは大感涙。エイコンお得意のアイランド・フレーバーたっぷり、ミッドテンポのデュエット・ナンバーだった。そこから聞こえてきたのはあの懐かしい、瑞々しさを湛えたホイットニーの声だった。ファンの期待に拍車がかかった。因みにこのリークしたバージョンのエンディングはリリースされたバージョンと全然違うが、ホイットニーはエモーショナルな歌いっぷりを見せている。
製作陣にはアリシア・キーズ、スイス・ビーツ、エイコン、スターゲイト、ダンジャなどの超一級のプロデューサー陣に加え、ベテラン・プロデューサー、デイビッド・フォスターや美メロの女王ダイアン・ウォーレンらも参加。全米ビルボードチャートで初登場首位を獲得した。R.ケリーのペンによるタイトル曲「アイ・ルック・トゥ・ユー」、
アリシア・キーズが敬愛するホイットニーのために書き下ろした「Million Dollar Bill」、
前作L.A リードの監督下で製作された「Just Whitney」から７年、育ての親であるクライヴ・デイヴィスと再びタッグを組んだ本作、「今世紀最大の復活」と謳われ、現在のホイットニーの声と、どんな音楽を届けるかに世界中の注目が集まる中のリリースだった。
なんと言ってもやはり世紀のシンガー、ホイットニー。今回のカムバックに関してメディアは好意的だった。ホイットニーのリバイバルに向け念密に練られたマーケティングが行われた。クライブ・デイビス曰く「ホイットニーしか作れないクラシックなアルバム」、リリース前にはロサンジェルス、ニューヨークなどでホイットニーに加え、数々のセレブリティが参加した特別なリスニング・パーティも開催。
瑞々しさを取り戻しつつあった
ホイットニーの声
そしてホイットニーの声と歌。このアルバムで聞かれるホイットニーの声は確かに瑞々しさを取り戻しつつあったが、完全復帰とは程遠い状態。これまでホイットニーが歌う度に溢れ出してきた何かがなく、全体に魂の抜けたような印象があった。
個人的に好きなのはエイコンがプロデュース及びデュエットした、「Like Never Left」。そしてスターゲートがプロデュースしたハウス・バージョンの「A Song For You」の後半でホイットニーが聞かせるダイナミックな節回しも良い。また「For The Lovers」では、ホイットニーの挑発的な歌い方がエッジをもたらし、ダイナミックなダンス・ナンバーに仕上がっている。
ホイットニーは当初この曲に興味を示さなかったらしいが、スタジオに入り、実際にトラックに自分のボーカルを乗せた途端、俄然盛り上がったそう。ホイットニーの重みのある、渋めの声が紡ぎ出すフレージングも説得力があり、ドラマチックで良い。彼女の内側が目覚めて、エンジョイして歌っている姿が目に浮かんでくる。
3D FACTORS
このアルバム制作に際して、ホイットニーはカリフォルニア在住のボーカル・コーチに指導を受けている。2005年に初めてホイットニーの声を聞いたコーチ、ゲイリー・コトナは声のダメージに愕然。それから少しづつ声の復活に向けてホイットニーの努力が始まる。ホイットニーはボーカル・トレーニングに熱心だったが、喫煙は止められかった。一度声が戻り始めると、ホイットニーのチームはホイットニーに海外での単発でのコンサートをブッキングし始める。その度にホイットニーはトレーニングを中止。
ゲイリーは家族にホイットニーの声には長期的なリハビリが必要で、今コンサートを行うことの危険を説明する。家族及び取り巻きはホイットニーの収入に依存しているのでそんなアドバイスはもちろん無視した。とにかくホイットニーが稼がなければ彼らに入る金も無いのだ。ボイストレーニングはアルバムの制作前まで続けられ、そして止まってしまった。ホイットニーのコンディションが完全に整わないまま製作されたのがI Look To Youのアルバムだった。
「これは一体どうしたらいいんだ」クライブ・デイビスが仕上げられたトラック、「I Look To You」を聞いて呆然として漏らした一言である。クライブが求めていたレベルのボーカルは決して戻らなかったのだ。だがもう後戻りは出来ない。これはビジネスなのだ。ホイットニー自身もアルバムの試聴会で知人に「まだ（復活に対して）自分が準備はできていると思えないわ。とても疲れているの」と溢している。
そして運命の日。9月3日にCBS人気朝番組「グッドモーニング・アメリカ」内でニューヨーク、セントラルパークでのホイットニーのミニコンサートがが放映される。（このコンサートは無料で数千人のファンは徹夜で列にならんだ）
このコンサートでホイットニーは「Million Dollar Bill」、「My Love Is Your Love」、「I look To You」、「I’m Every Woman」を披露する。残念ながらホイットニーの声のコンデションは良くなかった。
これは痛かった。完全復活を謳っていたにもかかわらず、ホイットニーは自らの声のコンディションを超人気朝番組で露呈したことになる。マーケティング上の最大の悪夢である。
翌年2009年のグラミー賞ノミネーションの中にホイットニーの名前は無かった。このアルバムの当初の発売日は9月1日と予定されていたが、1日繰り上がったのはグラミー選考への提出期日が8月31日だからであった。わざわざ販売日までズラしたのに、アルバムはノミネートされなかったのだ。
ビルボード1位を記録したが、なぜこのアルバムがノミネートされなかったのか？というファンの質問に対して、アリスタのPRの一人は「グッドモーニング・アメリカ（のホイットニーのパフォーマンス）が原因と内部では見ている、と漏らしている。（グラミーの選考基準にはこうしたパフォーマンスの影響も考慮される）」
またこのアルバムのリリースに際し、ホイットニーはアメリカで最も有名なトーク番組の司会者、オプラ・ウィンフリーにインタビューを受け、ボビーの暴力、離婚、父親の死、ドラッグ依存、苦悩について語っている。
このインタビューの中で、ホイットニーは父との和解とボビーの暴力に関して嘘をついているのだが、それはまた別の機会に説明するとして、オプラをして「私のキャリアの中で最もパワフルなインタビュー」と言わしめたこのインタビュー（2008年9月14日放映）、日本語訳はこちらをご覧ください。
出典：whitneyhouston.com
