ホイットニー・ヒューストンが最後にリメイクを切望したトラック、Lovin’ Is Really My Game
「素敵なSomebody」プロデューサー、ナラダ·マイケル·ウォルデンの著書によると、ホイットニーが最後にリメイクを希望した曲はLovin’ Is Really My Gameというトラックである。80年代にBrainstormによってヒットした、ベースラインが印象的なディスコ・ファンクである。後にシルベスターも歌っている。
80年代にタッグを組んで数々のヒットを飛ばしたホイットニーとナラダ。ナラダは温かい人柄とスピリチュアリティの持ち主で、音楽だけでなくホイットニーとは人間的にも相性が良かったらしい。友人としても親しい関係だった。（ホイットニーはナラダの元妻とも仲が良かった）
だが、ホイットニーの私生活の問題が複雑になるにつれ、顔を合わせる機会は少なくなっていった。ホイットニーの晩年間際には、唯一ナラダが彼女に会えるのは毎年恒例のクライブ・デイビスのグラミー賞前夜パーティーのみであった。
そんなナラダが2009年、同パーティーでホイットニーを見かけた時、ホイットニーは興奮してナラダの腕に飛び込んで、こう言ったらしい。
「ナラダ、お願い。話したい事があるの。私達スタジオ入りしなくちゃ駄目よ。Loving’ Is Really My Gameが歌いたいの。」
「知らないな、その曲」と答えるナラダ。
「知らないはずないわ、ブレインストームの70年代後半のディスコ・ヒットよ」
「いや、本当に知らないんだ」
「じゃまず聞いてから、トラックをカットして頂戴。電話するわ。」
ナラダは早速オリジナルのEP盤を入手し、エンジニアやミュージシャンを集め、即座に新しいトラックのプロダクションに入る。そして完成したトラックを2009年3月に郵送。ホイットニーからの返事はなかった。
その後ナラダはパット・ヒューストンに連絡を入れ、ホイットニーへのコンタクトを試みるが、なしのつぶて。一応ナラダは弁護士を通じてのコンタクトも試みたが、それにも返事がなかったらしい。
そして翌年2010年のクライブ・デイビスのグラミー前夜パーティーで再度、顔を合わせるホイットニーとナラダ。ホイットニーはなんと前年と同じことをナラダに頼む。
「Loving’ Is Really My Gameのこと覚えてる？私達、あの曲絶対レコーディングするべきよ！」
それを聞いて戸惑うナラダ。何かがおかしい。ホイットニーが完全に忘れているのか、もしくはホイットニーの元までテープが届いていないかのどちらかだ。ナラダはどう答えて良いかわからない。目の前のホイットニーは無邪気に彼に曲はどうなったのか聞いている。後々のトラブルを考え、ナラダはテープを郵送したことは言明せず、
「トラックなら仕上がっているよ。来週までには手元に届くよう手配するよ」
そうして再度テープを送ったナラダだが、今度もホイットニーからの連絡は入らない。
この時期、ナラダはロビン・クロフォードに連絡を入れ、ホイットニーの状況について聞いている。ロビンは「自分はもうホイットニーとの付き合いがないが、是非ホイットニーのために祈って欲しい」とナラダに話す。そうロビンに言われ、ナラダはどこか胸が騒ぐところがあった。
その後、ナラダはアリスタ・レーベルのCEO、クライブ・デイビスに電話を入れ、ホイットニーとの今後の仕事の可能性について直に質問している。クライブは「（レコーディングの前に）」ホイットニーはリハビリに行かなければ駄目だ」とナラダに告げたそうだ。
そしてナラダにとって生前のホイットニーに会う最後の機会となった、2011年のグラミー前夜パーティー。ディオンヌ、シシー、そしてボビ・クリスらと座るホイットニーのテーブルへ立ち寄るナラダ。
いつもなら飛び上がって、ナラダに抱きつくホイットニー。だがその時は席についたままだった。何かが違った。その笑顔はいつものようにスイートだったが、普段の彼女のエネルギーがそこには無かった。
そしてホイットニーは静かな声でナラダにこう言ったのだ。
「私ね、まだあの曲のこと考えてるの」
「ハニー。あの曲なら仕上がってるよ」
「 Loving’ Is Really A Game？」
「勿論！いつだってスタジオに入れるさ」
「本当！わかったわ、電話する。愛してる、愛してるわ！！」
再度テープを送ったナラダだが、遂にホイットニーからの連絡は入らなかった。ホイットニーがなぜテープの存在を知らなかったのか。彼が幾度も送ったテープはどこに行ったのか。ナラダにその理由はわからない。
ホイットニーが最後に歌いたかったこの曲には、こんな箇所がある。
「私にチャンスを頂戴。誓うわ、私にはできるって。きっと証明してみせる」
このフレーズこそ、ホイットニーがこの曲を歌いたかった理由なのかもしれなかった。
下はI Look To Youのツアー・パンフレット用撮影会の映像だが、このビデオの2分45秒の箇所でホイットニーがスピーカーから流れるLoving’ Is Really A Gameに合わせ、数秒間歌っている姿が映る。
参考：Whitney Houston: The Voice, The music, The Inspiration
by Narada Michael Walden
