1979年初来日したホイットニー・ヒューストンがハマった食べ物とは?
あまり知られていないが、ホイットニーの初の海外旅行先は日本だった。ヤマハ音楽振興会のウェブサイトによると、ホイットニーの母親、シシー・ヒューストンは1979年に来日し、11月11日に日本武道館で開催された「第10回ヤマハ世界歌謡祭」にアメリカ代表として出演している。そして最終日の決戦で、見事最優秀歌唱賞を受賞。マイケル・ゼイガーのペンによる「You’re the Fire」という曲を歌っている。
1970年から1989年まで日本武道館で開催された「ヤマハ世界歌謡祭」は世界中から60組を超えるアーティストが参加。司会は坂本九、日本航空、資生堂や日本コカ・コーラなどが協賛する、かなり規模の大きなイベントだった。「東洋のユーロビジョン」とも呼ばれ、世界に通用するヒット曲の発掘、という目的があった。
この際、当時16歳のホイットニーもシシーに同行して、初めて日本を体験したのだ。シシーは著書「Remembering Whitney」の中で二人の日本滞在の様子を親しみを込めて語っている。
日本に向かう飛行機の中、ホイットニーは乗り込んですぐに、深い眠りに入ってしまう。一方シシーは飛行機が苦手で、日本到着までの15時間、不安で眠ることもできず、ソワソワしっぱなしだったそう。
空港に着くなり、元気イッパイのホイットニーと、既にボロボロのシシー。空港からホテルに向かう間、ホイットニーは窓の外に広がる世界に釘付けだった。「東京はホイットニーがこれまでに見たどんな場所とも違った」とシシーは書いている。
ところで、ホイットニーが日本でハマった食べ物がある。
空港からホテルに到着したシシーとホイットニー。シシーはホイットニーに尋ねる。
「ニッピー。どこかで食事をとらないと。お前は何が食べたいの?」
「わからないわ。でも私もお腹が空いたわ」
言葉が通じない不便さもあり、ホテルの外に食事に出るのも煩わしい。そんな二人が、ホテルのロビーのコンビニエンス・ストアで出会ったのは、「シーチキンのサンドイッチ」であった。そしてなんと、ホイットニーとシシーは10日間に及ぶ日本の滞在中、「シーチキン・サンドイッチ」を毎日食べたのである。
「他の何かを探しに出るのが億劫だったのもあるけれど、ホイットニーはとにかくあのサンドイッチが気に入ったのよね。あの子はやせっぽちだったけど、毎日あのサンドイッチを食べて出かけたのよ」
シシーが最終日の本戦でステージに立った時、ホイットニーは観客席にいたが、興奮で叫びっぱなしだったらしい。そしてシシーはグランプリは逃すものの、見事に「最優秀歌唱賞」を獲得。
既にホイットニーとの間に溝が生まれ始めていた頃だが、日本への旅行はシシーにとっても大切な思い出になった。そしてホイットニーはこの旅行を通じて、日本が大好きになる。初めての日本旅行がどれだけ楽しかったか、ホイットニーは有名になった後もしばしば人に話していたらしい。
だが、興奮は長くは続かなかった。二人がニュージャージーに戻った頃からシシーと父親ジョンの関係が急速に悪化。些細なことで激しい口論を繰り広げるようになる。人との諍いに敏感なホイットニーにとって、両親の不仲は苦痛以外の何物でもなかった。そしてその後しばらくして、父親ジョンは家を出てしまう。
ホイットニーがこの旅行をとりわけ懐かしく思ったのは、この旅行が彼女にとって「家族の幸せ」の最後の象徴だったからなのかもしれない。
ではここで、シシーが見事最優秀歌唱賞を受賞した「You’re the Fire」をお楽しみください。
出典・参考記事:”Remembering Whitney: My Story of Love, Loss, and the Night Music Stopped” by Cissy Houston