ホイットニー・ヒューストン、マライア・キャリーとの世紀の共演「When You Believe」について語る

105月 - による HRS Happyman - 0 - 記事・インタビュー日本語訳
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1998年11月2日、ホイットニー・ヒューストンとマライア・キャリーによる『世紀のデュエット』、「ホエン・ユー・ビリーブ(When You Believe)」がリリースされた。ドリームワークス製作「プリンス・オブ・エジプト」のサントラ盤用に書かれた、スティーヴン・シュワルツによるこの曲のオリジナルに、ベイビーフェイス(Babyface)が追加のブリッジと追加の歌詞加え、ゴスペル・クワイアを配した壮大なバラードである。サントラ盤に加え、ホイットニーの4枚目のスタジオ・アルバム「マイ・ラブ・イズ・ユア・ラブ」、そしてマライアの「#1’s」というコンピレーション・アルバムにも収録されている。

ノルウェイ(2位)やハンガリー(1位)、ヨーロッパ HOT チャートでも最高2位とヨーロッパでは大ヒットを記録。だがアメリカでは現在(2022年)こそプラチナム・セールス(100万枚)を記録しているが、アメリカのビルボード誌 HOT100では最高15位。当世2大ディーバの夢の共演、と言う触れ込みでプロモーションも盛んだったにも関わらず、期待を大きく下回る結果であった。

スティーヴィー・ワンダーや母親、シーシー・ワイナンズとの競演等、これまでホイットニーが残した数々のスリリングなデュエットと比べると、音楽的にはパッとした印象はなく、それよりも巨大ディーバ共演の話題性が先行した作品だった。1999年71回アカデミー賞で最優秀オリジナル・ソング賞を獲得している。

二人のディーバのライバル関係はメディアが作り上げたものであったが、ホイットニーにはマライアに対して彼女なりの感情があった。マライアのデビューアルバムには、ホイットニーの主要プロデューサーを務めたナラダ・マイケル・ウォルデンが参加しており、ソニーがホイットニーの成功路線を周到しているのが明らかだった。特にホイットニーにはナラダの参加は苛立たしかった。

加えてホイットニーがリリースした三枚目のアルバム『アイム・ユア・ベイビー・トゥナイト』はR&B路線を強化したアルバムだったが、前二作ほどの成功を収めなかった。1991年のグラミー賞では、ホイットニーが『アイム・ユア・ベイビー・トゥナイト』でノミネートされていた『ベスト・ポップ・ボーカル賞』部門を、マライアのデビュー・シングル『ビジョン・オブ・ラブ』が受賞。加えてマライアは同年、色々イチャモンをつけられホイットニーが獲得できなかった「最優秀新人賞」も同時に受賞したのである。ホイットニーもそれまでにグラミー賞を2つ獲得していたが、マライアは一晩で追いついたことになる。誰もがマライアを「第2のホイットニー」と呼び、称賛した。

デビュー・アルバムを制作したとき、クライブ・デイビスはホイットニーに『黒人らしい節回し』は一才禁じ、R&B 色が強すぎると判断した場合には、スタジオに戻って歌い直しが命じた。それが当時ブラック・ミュージックがメインストリームへクロスオーバーするために必要だったからである。

だがマライアはどうだ。明らかにホイットニーの路線を踏みながら、ゴスペル・フレーバーのアドリブ特盛で大成功しているじゃないか。それはマライアの肌が白いから許されたのか?ホイットニーにはもう、全てが不公平に思えた。音楽業界が更に下らなく思え、どっとやる気が落ちた。一体なんなのだ。サウンドが白人寄りすぎると批判され、ブラック寄りのアルバムを作れば今度は大衆は気に入らないという。自分が渾身の思いでプロデュースしたサード・アルバムが失敗作と受け取られたことは無念だった。

ホイットニーは腹が煮え繰り返ってはいたが、怒りはこの状況に対してであり、マライア個人に対してのものではなかった。だが、マライアの成功はホイットニーのサウンドを模倣し、すでに出来上がったマーケットを上手に乗っ取った結果なのも事実だった。ホイットニーはそれを考えるとムカついた。人々がマライアを「第二のホイットニー」と呼ぶのも全く面白くなかった。

だが友人のゴスペルシンガー、ビービー・ワイナンズに『心配するな。ここは敢えて、大人になってマライアに祝辞でも言ってこい。デカい人間になれ』と諭される。初めは気の乗らないホイットニーだったが、意を決してマライアに話しかけることにした。

グラミー賞のバックステージで、取り巻き達と向こうから近づいてきたマライアに『ハロウ、ホイットニーよ』と手を差し出したホイットニー。するとマライアはチラとホイットニーの方を見て、そのまま歩き去ってしまったのである。ホイットニーは愕然とした。

会場を出て、ビービーの車に乗り込んだホイットニーはモロ不機嫌だった。ホイットニーは誰に対しても、マライアが見せたような無礼な態度は取らないからである。叩きつけるように車のドアを閉め、『もう二度とあなたのアドバイスは聞かないわ、ビービー!』と投げつけるように言った。そしてカッと目を見開いてこう叫んだ。

『私ン中のゲットーが飛び出して、あの女(マライア)の髪を掴んでやれ、って叫んでたわよ!!』これを聞いたビービー、シーシー・ワイナンズ、ロビン・クロフォードは腹を抱えて爆笑した。ホイットニーは怒っている時でもシャープでリアルなユーモアがあった。

マライアがホイットニーを無視したのは事実だった。マライアはビビったのだ。そしてビビったのも当然である。彼女のグラミー受賞作「ビジョン・オブ・ラブ」はナラダによるプロデュースだった。2012年のBET アワードでマライアはこう打ち明けている。『(お互いの)眼が合ったけれど、言葉は交わせなかったの。私はホイットニーにもちろん尊敬の念があったけど、同時にちょっと怖かったの。だってほら、ライバル同士だって噂が立っていた頃だったしね。ホイットニーを甘くみたら絶対ダメよ』』

その後、1992年のRolling Stone誌のインタビューでホイットニーは、「私をマライア・キャリーのようだ、とは誰も言わないわ。彼女が私のようなのよ。」と彼女らしい表現でマライアについて発言している。

だがこの機会にスタジオ入りした二人はすぐに親しくなった。ホイットニーはマライアが素直で良い人間だとをすぐに感じ取った。『会ってみたらお互いにすぐにクリックして仲良くなったわ。魔法みたいにね。古くからの友達みたいに笑い合って』とホイットニーはマライアと共に出演したオプラ·ウィンフリー·ショーで語っている。


一方マライアはホイットニーについて、「この私達以降の世代に最も影響を与えたシンガーを選ぶとすれば、それは間違いなくホイットニー・ヒューストンよ」と様々なインタビューでコメントしている。


前置きが長くなったが、ホイットニーがマライアについて語ったビデオはたくさんあるが、以下のインタビューはプロモーション・ビデオ撮影の後行われたリリース当時のもの。MTVによるインタビューの日本語訳。

MTV News Online “Divas” : Interview by John Morris
Translation by HRS Happyman

Q: (JOHN NORRIS )ファンの誰もがマライアとの「When You Believe」のビデオ撮影はどんな具合だったか知りたがっていると思うんですが。

A: (ホイットニー)あら、すごく良かったわよ。本当に。不平なんて何も言えないわね。私たち二人とも死ぬほど疲れたけど、全てはうまく行ったわ。彼女と私の間にはいいバイブレーションがあるのよ。この曲はとてもパワフルなものだし、彼女と一緒に歌うのはとても楽しいわ。

Q: いったいどんな風にこの曲は出来たんですか?このプロジェクトに最初に参加の意思表示をしたのはどちらだったんですか?

A:あのねえ。実は私にも分からないのよ!とにかく私とマライアがデュエットする事になったんだ、って事しかね。おそらくドリーム・ワークスのJeffrey Katzenburgがマライアには『ホイットニーはこのプロジェクトに乗り気なんだが』、私には『マライアはこのデュエットをやりたがっているんだ』て言ったんだと思う。だから、私達二人ともそれならやるわ、ってことになったのよ。

Q: この曲については?

A:この曲の背景はバイブルの中の一節に基づいているの。イスラエルの子供たちが砂漠を横断して約束の地に辿り着いた、それって人生の中で人が誰しも経験する、障害や問題を乗り越えていく過程に似ているでしょ。だからこの歌の意味合いって、とても大きいのよ。

Q: 人々は、あなたとマライアを一つの部屋に入れたら、一体どんな事になるかって..

A:地獄のようだとでもいうつもり?

Q: まるで中東交渉みたいなものを想像するんでしょうね。でもあなた達二人はうまくいったんでしょう?

A:みんな、想像力をフルに使って、勝手に話を作り上げたりするのが好きなんでしょ。でも私達の場合はうまくいって、しかも仲良くなったわよ。

Q: 以前あなたは二人の声の中にはそれぞれ違いがあり、その違いが分かるとおっしゃってましたが、二人の声が似ている、と感じる人もいるでしょうね。でも違いはあるんでしょう?

A:そう信じているけどね。それがマライアがマライアたる理由であり、私が私である理由だからね。大きな違いなんだけど。つまり、私の声のトーンと彼女の声のトーンが重なった時に、美しいハーモニーを作る。その為にこうして歌っている訳じゃない。それが全てよ。

Q: ところでマライアの曲で何か好きなものはありますか?

A:「Make It Happen」かな。

Q: 初めて彼女の曲を聴いたときの事、彼女がシーンに登場したときの事を覚えていますか?

 A: (歌いながら): ‘I had a Vision of Love~’覚えているわよ、勿論ね。

Q: どう思いました?

A: そうねえ、私と似たトーンの音楽だな、でも私とはやっぱり違うみたい…彼女はだあれ?って感じかな。もちろんマライアって言う歌手がデビューするんだ、とは事前に聞いていたのよ。シンガーってのはいきなりシーンに出てきて人々を熱狂させるってことは無いのよ。(深い)

参考・出典:”Whitney That I Know” by Bebe Winans

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